ラグナル・ロズブローク
ラグナル・ロズブローク(毛皮ズボンのラグナル)は9世紀スカンディナヴィアの伝説的なヴァイキングの首領です。845年にセーヌ川をさかのぼってパリを略奪し、西フランク王シャルル禿頭王から銀7000リーブラを受け取って去ったデーン人の首領「レギネルス」がしばしば彼と同一人物とされますが、生涯の大半はのちのサガが伝える物語です。サガは、彼がノーサンブリアのエッラ王に捕らえられて蛇の穴で死に、息子たちが仇を討ちにイングランドへ来たと伝えます。
| 生没 | 生没年不詳 |
|---|---|
| 活動地域 | デンマーク(ヘーゼビュー) · セーヌ川とパリ · ノーサンブリア(伝承) |
| 知られていること | 845年のパリ襲撃、イーヴァルとビョルンの父と伝わるヴァイキング |
| ゲーム開始 | 844年 · 40歳 · ヘーゼビューの首領(騎士身分) — ラグナルの船 |
生涯の要約
- 843年 ヴェルダン条約でカロリング帝国が三つに分かれ、西フランクの川沿いは守る者がいなくなります。ラグナルの襲撃はこの隙に起こります。
- 845年 3月、フランクの年代記がレギネルスと呼ぶデーン人の首領の船約120隻がセーヌ川をさかのぼり、復活祭の頃パリを略奪します。シャルル禿頭王は銀7000リーブラを支払って彼らを帰らせます。
- 845年 年代記は、パリから引き揚げたデーン人の間に疫病が広がったと伝えます。同時代の記録でレギネルスの名はこの頃以降消えます。
- 859年 ラグナルの息子と伝わる剛勇のビョルン(鉄の脇腹のビョルン)が、ハステインとともに地中海まで遠征します。
- 865年 イングランドに「大異教徒軍」が上陸します。指揮官の骨なしイーヴァル、ハールヴダン、ウッバは、のちの伝承でラグナルの息子たちとされます。
- 867年 大異教徒軍がヨークを奪い、ノーサンブリアのエッラ王が死にます。サガはこれを父の仇討ちとして描きます。
- 1200年頃 デンマークのサクソ・グラマティクスが『デンマーク人の事績』にラグナルの物語を記し、13世紀のアイスランドで『ラグナル・ロズブロークのサガ』が書かれます。蛇の穴の話はこうした記録に出てきます。
家族
ゲームでこの人物として始めたときに一緒に登場する家族です。年は歴史記録に従い、伝わっていないものは ? としました。
| 続柄 | 名前 | 生没年 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 父 | シグルズ・リング | 生没年不詳 | サガが伝える伝説の王 |
| 母 | アールヴヒルド | 生没年不詳 | サガが伝える名 |
| 最初の妻 | ソーラ | 生没年不詳 | サガの「鹿のソーラ」。ゲームでは開始の九年前に死去 |
| 妻 | アスラウグ | 生没年不詳 | サガはシグルズとブリュンヒルドの娘と伝える |
| 息子 | エイリーク | 生没年不詳 | ソーラの息子(サガ) |
| 息子 | アグナル | 生没年不詳 | ソーラの息子(サガ) |
| 息子 | 骨なしイーヴァル | 生没年不詳 | 大異教徒軍の指導者 |
| 息子 | 鉄の脇腹のビョルン | 生没年不詳 | 859年頃地中海遠征 |
| 息子 | ウッベ(ウッバ) | 生没年不詳 | 大異教徒軍の指揮官 |
| 息子 | ハールヴダン | 生没年不詳 | 大異教徒軍の指揮官、のちノーサンブリアに定住 |
ゲームでは
844年の秋、ユトランドのヘーゼビューで40歳の首領として始まります。土地はありませんが船と仲間、確かな武力があります。最初の妻ソーラが遺したエイリークとアグナル、今の妻アスラウグと歩けない長男イーヴァル、12歳のビョルン、ウッベとハールヴダンがそばにいて、漁師の息子エイヴィンドと老いた舵取りグルブランドがあなたの船に乗り込みます。
分岐点は「パリが陥落していたら」です。最初のイベント「ヘーゼビューの竜頭船」でホリク王の許しを得るか、漁師の息子まで全員を乗せると、形勢がパリのほうへ傾きます。銀を受け取って帰れば、帰りの船の疫病とホリク王の館、サネット島、ビョルンの南の海、息子たちの歌を経て865年のエッラ王の海岸までの伝承の筋が、パリを手にすればセーヌ川の冬とフランク王の洗礼の申し出へ続く別の筋が結末まで進みます。
865年にノーサンブリアの海岸で捕らえられると伝承どおり蛇の穴が待っていますが、生き延びれば大軍勢とヘーゼビューの老人へ続く別の結末があります。ゲームは年代記にあることとサガの物語を区別しており、サガ側の場面は伝承として扱います。
- シナリオ案内 ラグナルの船
- 時代案内 ヴァイキングと戴冠の時代
- 関連する分岐点 もしもカール大帝の帝国がヴェルダンで分割されなかったら?, もしも845年にヴァイキングがパリを手にしていたら?
よくある質問
ラグナル・ロズブロークは実在の人物ですか?
はっきりしていません。845年にパリを襲ったレギネルスはフランクの年代記に出てくる実在の人物ですが、サガのラグナルがその人なのか、9世紀の複数のヴァイキング指導者の話が一人に集まったものなのかは、学者の間でも意見が分かれます。
845年のパリ襲撃は実際にあったのですか?
はい。845年3月、デーン人の船約120隻がセーヌ川をさかのぼり、復活祭の頃パリを略奪しました。シャルル禿頭王は銀7000リーブラを支払って彼らを退かせました。ヴァイキングに金を払って襲撃をやめさせた初期の大きな例です。
蛇の穴で死んだという話は本当ですか?
『ラグナル・ロズブロークのサガ』や『ラグナルの息子たちの話』といった13世紀頃の記録が、ノーサンブリアのエッラ王が彼を蛇の穴に投げ込んだと伝えますが、同時代の記録には出てきません。伝説と見るのが一般的です。
参考
『サン・ベルタン年代記』などフランクの年代記の845年の記事、『アングロ・サクソン年代記』865~867年、サクソ・グラマティクス『デンマーク人の事績』、『ラグナル・ロズブロークのサガ』。